遊廓跡地を訪ねて 明石遊廓

「ふなまち」

京都で軽く寿司 をつまんだ後、 一路明石へ。 と思ったところ、高槻駅を出る時、ホームと反対側のドアが一瞬だけ開き、...

で玉子焼き(明石焼き)を食べた後、近くにある明石遊廓跡地の遺構の撮影へ行きました。

明石遊廓は手元に詳細な資料はありませんが、明治時代に明石駅からそのまま南下し錦江橋を渡った岬のような現在の場所へ追いやられるように移転したようです。

現在、この場所は高層マンション群が立ち並ぶ地域になっていますが、1棟だけポツンと遺構が残されており、Google Mapを手掛かりに現場に向かいます。

しかし、現場に到着してみるとあろうことか絶賛解体中でした。

明石遊廓

明石遊廓

明石遊廓

遺構の港側。
あともう数日早く明石入りをしていれば、写真として残すことができたと思うと非常に悔やまれます。

在りし日の雄姿

明石遊廓

明石遊廓

明石遊廓

明石遊廓

明石遊廓

非常に立派な建物で、売春防止法施行以後、旅館を経て、個人宅になっていました。
手入れの状態も非常に良く、いつまでも残して欲しい建物でした。

数ヶ月後にはこの地にも高層マンションが建っているのでしょうか。

画像はきんとと様のブログ

より許可を経て掲載してあります。

きんとと様
ありがとうございました。

シェアする

フォローする

コメント

  1. や さん より:

    明石遊郭は 何故取り壊されたのでしょうか
    個人の所有であったそうですが
    明石市長は 何故保存に力を入れなかったのでしょう
    価値ある建物だったと思いますが 非常に惜しいことをしたものですね

  2. 大津一城 より:

    や 様
    コメントありがとうございます。
    取り壊しになった事情は定かではありませんが、所有者の方が亡くなったとか、再開発の圧力に屈してしまったなどの理由でしょうか?(完全に憶測です)

    名古屋市の場合、遊郭ではありませんが、江戸時代末期から明治時代に作られた料理店の建物に対し、保存したい名古屋市長と取り壊してマンションにしたいい所有者側と対立する問題が起こったことがありました。
    (最後は建物が火事により焼失)

    明石市の事情はよくわかりませんが、いずれにしても本当にもったいない話ですね。