名古屋市熱田区の一番町〜八番町の由来

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1647年に尾張藩初代藩主、徳川義直が領地を広げる目的で、堀川と庄内川に挟まれる約5kmの海岸を埋め立て、熱田新田として東から西へ順番に一番割から三十三番割までに区画されました。

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その名残として現在も熱田区では一番町・二番町・三番町・四番町・五番町・六番町・八番町の地名が残っています。

また、港区に七番町・九番町、中川区にも十番町・十一番町が残っています。

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