遊廓跡地を訪ねて 豊橋西駅

愛知県の西の大都市、名古屋駅の西口は通称「太閤通口」と言われる場所は今でこそ、ビックカメラや居酒屋を始め様々な飲食店があり、賑やかな雰囲気の場所ですが、戦後間もない頃は韓国人が不法に占拠し、私が幼い頃も怪しげな雰囲気を醸し出し、所謂やり手ババアが声をかけてくるような場所でした。

同じ愛知県の東の大都市、豊橋駅の西駅(なぜか西口と言わず西駅というらしい)も怪しげなバラック小屋や妓楼っぽい建物があるというのは知識として知っていましたし、平和園のコメント

でも情報提供があり、いつか行こうと思っていましたが、ついに決行しました。

以前はバラック小屋が建ち並ぶ怪しげな場所でしたが、綺麗にリフォームされ、若者向けの飲食街になっていました。

こちらの方を金髪のお姉さんが見ていますが、実はお人形です。

「小料理まき」だけは以前と同じ雰囲気を醸し出しています。

「小料理まき」のお隣はかの有名な「吉街舞楽」の看板のお店でしたが、「めでたしめでたし」に変わっていました。
これも私の解体フラグの1つでしょうか?

その先には城海津跨線橋があります。

城海津跨線橋を越えると今日のメインディッシュというべきかの有名な妓楼っぽい建物があります。
心無い落書きで無残な姿になっています。

城海津跨線橋の上から。

この建物は……無関係かな?

「鈴女」の家号の建物。

「小料理店」の鑑札が貼ってあります。

20歳未満の方の入場は禁止の小料理店でした。

どことなく雰囲気のある建物。

こちらの建物は以前、「旅館」の看板が掲げてありましたが、いつの間にかその看板も無くなっていました。

この土地は青線か、はたまた花街だったのか……。