遊廓跡地を訪ねて 猪崎新地

猪崎新地とは

福知山市の猪崎新地は音無瀬橋の袂にあった遊郭が1899年に移転したことにより開かれました。

移転の理由は「遊郭をみる」によると

  • その3年前の大洪水で遊郭が被害に遭ったこと
  • 大阪から陸軍が移駐することになった

の2つだそうです。

現在もその遺構がいくつか残っているので見に行くことにしました。

猪崎新地

猪崎新地

ここがメインストリートでしょうか?

猪崎新地

猪崎新地

カフェー風の建物。

猪崎新地

猪崎新地

猪崎新地

一番風格のある建物。

その建物を撮影した後、ある事件が起こりました。

突然地元のおばあさんから声をかけられる

おばあさん
写真撮りに来たの?

突然、背後からおばあさんから声をかけられました。

(やばい・・・・・・バレた)
はい。古い建物が好きなので、名古屋から来ました。
おばあさん
ここがどうゆうところだったか知ってて?
(やはり、地元の人には過去のことは触れて欲しくないのかな?)
はい、知っています。ご迷惑でしたら、止めます。申し訳ありませんでした。

怒るどころか当時の話を語り出し、

おばあさん
昔は夜になると椅子を並べて女の人が呼び込みをしていたから、私ら子どもがうろうろしていると怒られた。
おばあさん
お客さんは陸軍の兵隊さんが多かった。
おばあさん
あそこにある洋風の建物は赤線時代のもの。

など色々教えていただきました。

また、遊郭をみるに記述してある、

歩兵第20旅団司令部と歩兵第20連隊が大阪から移駐してくることが決まっていたため、兵隊の便宜を考慮した。

各地で娼妓が店先で客と対話して誘う張見世が禁止され、娼妓の写真を飾った写真見世に替わった時も張見世を続けた。

という点と証言が一致していました。

最後は

おばあさん
いい写真をいっぱい撮ってね。

と快諾いただくことができました。

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